summer vacation


調査は無事に進んでいた。
新種の魔法生物が見つかることはなかったが、いくつかの生物が既存のデータ以上に行動範囲を広げていることが確認された。
その原因などを推測・調査をしつつ、1日1日と過ぎていった。
今日も日暮れ近くまで森の中を探索し、そろそろ帰ろうかという空気になった。


「ただいま帰りましたー」


泥だらけの靴や上着は外で脱いで、洗濯籠に突っ込む。
次の日にはお手伝い組が綺麗にしてくれるだろう。
正直、自分の服や靴を彼らに洗ってもらうのは抵抗があるんだけど、自分でやる時間は無い。
何故なら―――、


「さてさて、少年たち! 今日の夕飯はどんな具合かな?」
「おっとディゴリーさん。先ほど最後の卵が潰れたところです」


これはこれで面白いとばかりに、ディゴリーさんは快活に笑った。
後ろからキッチンを覗くと、形がバラバラに切られた野菜やパンが視界に入った。
それはまあ、いいとして。問題は、散らばった野菜の皮や焦げた跡、それにスープを零したであろう床だ。正直、キッチンに入ることすら躊躇われる。私は、ここ数日で恒例となってしまった様子にふうとため息をついた。


「……まったくもう、3人ともそのぐちゃぐちゃの床を綺麗にしておくこと。着替えたらすぐ行くから5分でお願いね」


ぱたぱたと自室へと急ぐ。
きっとこの隙にディゴリーさんは魔法で床を綺麗にしてくれているだろう。息子に甘いあの人らしい。自慢の息子は料理ができないということを、呆れるでも叱るでもなく容認している。それでも充分生きていけるだろうけど、お手伝い組としては致命的だ。

Tシャツとスカートとタオルを持って、急いでシャワー室に飛び込んだ。
簡単に身体を洗って、洗い物はやはり洗濯籠に。
ふかふかのタオルで身体を拭いて、服を着た。髪は高く結んで、小走りでキッチンへ戻った。
やはり床は綺麗になっていて、手をつけられていない食材がテーブルに出されていた。


「で、今日のメインは?」
「魚。鱈なんてどうかな」
「じゃあ鱈のムニエルにしましょ。鱈と小麦粉、それにバター、にんにく、バジルを用意して」


ここ数日、毎日のように私は彼らに料理を教えている。
3人ともあまり料理の経験がないらしく、びっくりするほどおかしなことをしでかす。スープをひっくり返すなんて日常茶飯事だ。
最初は野菜をどう切るかも分かっていなかったから、まだ進歩したほうだろう。相変わらずばらばらだが、許容範囲だ。
なるべく手順を覚えるように、それぞれに手を動かさせる。時間はかかるが、覚えてもらわないと困る。
3人に指示を出し、見張りながらも、私は乱雑に切られた野菜をさらに刻む。スープにしてしまおうと考えて、みじん切りにしていく。


「小麦粉はこのくらい?」
「軽くはたいて、落ちるのは落として。フライパンはもう暖まってるだろうから、バターを入れましょう。少しでいいの。見て、このくらいよ」


バターを溶かし、3人それぞれに鱈をフライパンに乗せてもらう。
人数分は乗らないから、何回かに分けて。ひっくり返すのも味付けもすべて3人にやらせる。
その間にスープは作り終えて、パンをオーブンに入れた。


、もういい? まだ?」
「んー…そろそろいいわよ。セドリック、お皿をお願い。それからフレッドくん、こっちで付け合せを作るから、ジャガイモを剥いて、アスパラを5cmくらいに切ってちょうだい」


ぎこちない動きの3人をどうにか動かして、夕食作りをする。
最終日には3人だけで作れるようになって欲しいなあ、なんて希望を口にしようと思ったけど、嫌味に聞こえそうでやめた。
どうにかサラダとスープ、それに鱈のムニエルとパンを焼いて、お皿に盛る。


「はい、完成」
「なんでこうなるんだろうな…」
「…不思議だよな。なあ、実は魔法使ってない?」
「え、使ってないよ」
「いつスープ作ってたっけ」
「ムニエルと同時進行だったよ」
「は!? 同時進行…? 嘘だろ…」


ぼそぼそと何が起きたんだろうかと話し出す3人を尻目に、さっさとサラダを運んでいく。それを見て3人も慌てて料理を運び出した。


って、いいお嫁さんになりそうだな」


運んでいる途中、擦れ違い際にセドリックに言われた。
そんなことを言われたのは初めてだったし、びっくりして運んでいたお茶を揺らしてしまった。幸いなことに少しも零れなかったけど、なんて心臓に悪い。


「そ、そんなことないよ」
「あるよ。僕が保証する」


セドリックはいつもの笑顔でそう言って、そして私の持っていたティーポットを奪って行ってしまった。代わりに運んでくれるのだろう。私は一瞬どうしようか迷って、オレンジジュースもあったことを思い出してキッチンへと戻る。

ふう、と小さく息をついて、少し速く脈打つ心臓を押さえた。
本当に私のことが好きなのかなあなんて、確認することは出来ないけど、嬉しいようなちょっと困るような複雑な気持ちだ。


「今、セドリックに口説かれてた?」
「フレッドくん、」
「あいつ、予想外に頑張るな。普通諦めるよな?」
「え、もしかしてなにか言った?」
はジョージと付き合ってるとは伝えた」
「! そ、そう」


駄目だった?と聞くから、首を横に振った。駄目じゃない。駄目じゃないけどちょっと恥ずかしい。


「ジョージの傍にいてやれよ」
「え?」
「ディゴリーと話すと目に見えて機嫌悪くなるからさ。ちょっとは2人きりになって、機嫌よくしてやって」


誘った後で、ジョージとセドリックを同じ空間に居させるのはもしかして間違えたんじゃないかと思ったけど、やはり険悪らしい。
それが私の所為というのは気付いていたけど、ジョージたちを誘うのはセドリックから言い出したことだし、と勝手に言い訳して納得していた。
でもやっぱりどうにかしなきゃなあと思い直して、あとでジョージに会いに行こうかなあと考えた。



(あ、でも、どうやって呼び出せばいいんだろう…。ふ、2人でちょっと話したいとか…言うの? そ、それはすごく照れるような…っ)


2012.8.18 三笠