こちらに来てから毎日山と森の中を散策していたが、それとは逆の方向にある丘のほうは行ったことがなかった。 ジョージとフレッド、セドリックに連れられてそちら側へ行くと、丘の向こうには真っ白な花が一面に咲いていた。 「わあ」 「あ、やっぱり知らなかった? 結構すごいよな」 「知らなかった! うわあいいなあ、私もこういうとこに住みたかったかも」 白と緑で覆われた地面と、真っ青な空。 ダイアゴン横丁が嫌だと言うわけではないけれど、自然たっぷりの場所も好きだ。魔法生物がいればなおさらいい。 遠くに鳥の鳴き声を聴きながら、3人を振りかえった。 「じゃあ、私からも」 ピィ、と小さく笛を吹いた。 ざわざわと森の方から風の音が聞こえて、それから音もなく真っ白の天馬がこちらに駆けてきた。 私の目の前に着地する。 「この近くに住んでいる子で、最近友達になったの。かわいいでしょ?」 「……そんな簡単に友達になれるもんじゃないよな?」 「ハグリッドなら、すぐじゃないかな」 「普通の魔法使いだったら、そもそも友達になろうとしないと思うんだけど」 すり寄ってくる天馬の頭を撫でながら会話する。 額と額をくっつけると、天馬の意識が伝わってくる。 「ちょっとなら乗せてくれるって。乗ってみる?」 私は怖いけど、きっとこの3人なら平気だろう。 思った通りに、3人はなんの迷いもなく、頷いた。 「乗り心地はそうでもないけど、箒よりずっと速いな」 「ああ。速すぎて、正直景色見る余裕ない。掴まってるだけで精一杯」 「は乗れないだろ」 「う、…箒が限界かな」 「やっぱり」 3人とも乗せてもらい、数分ずつの空の旅から帰ってくると興奮したようにその様子を口々に語った。 私は結局乗ることはせず、戻ってきた天馬が元の森へと帰っていくのを見送った。 「でも、箒はずいぶん上達したよな」 「へえ。今度飛んで見せてよ」 「え。人に見せられるほどじゃないよ」 「いやちょっと待って。人に見せられない飛び方がわからない」 ってそんなに飛ぶの下手なの?とフレッドに訊かれて、うっと言葉に詰まった。 ジョージのおかげで随分と箒に慣れ、数メートルならそんなに怖がらずにできるようになった。(それでもまだまだガタつくし、不安はある) けど、やっぱりまだまだだとはクィディッチの試合を見るとよくわかる。 「箒が下手っていうより、高所恐怖症なんだよな。友達みんな取ってるのに天文学を取らなかったくらいだから相当だよ」 「えええなんで知ってるの」 「アンジェリーナが言ってた。塔に上るくらいならどんなにつまらなくても普通の教室で普通の授業受けるって」 アンジェリーナならさらっと言ってしまうだろう。その光景がすぐに思い浮かんだ。私にとって恥ずかしいことでも、「隠す必要ある?」なんて言われてしまえば、私は反論できない。はずかしいからなんて言っても、彼女に「かわいいから大丈夫よ」なんてめちゃくちゃな理論でさらっとかわされてしまうのだ。 「落ちたら死んじゃうとか考えない?」 「考えないな。落ちないし」 「考えすぎにも程があるだろ。マダム・ポンフリーがいれば、何本骨を折ったって砕けたって治してもらえるぞ」 「なんかもうその台詞がこわい」 「こわくないこわくない」 「箒から落ちただけなら1日で治るよ」 治る治らないの問題じゃなくて、痛いことそのものが怖いんですけど。と言おうとしてやっぱりやめた。どう考えても、私一人だけ情けないから。 「そういえば、セドリックもクィディッチチームを目指してるんだっけ」 「ん? ああ、そうだよ。新学期が始まったら、チームに立候補するつもり」 「もし受かったら俺たちの敵だな」 「そうだね。そうなったら正々堂々戦うよ」 きっとセドリックは誰よりも正々堂々とクィディッチをするんだろうな、と思った。スリザリンの狡猾さと正反対の、ハッフルパフらしい試合をするんだろう。 見てみたいな、と思ったけれど、それは言わない。 「もう4年生なんだね」 「ああ、俺たちのホグワーツ生活も、よーやく折り返しだ」 「早かったなー。こんなに楽しいと思ってなかった」 ホグワーツに入る前は、家の魔法生物とばかり遊んでいて、家から離れるのが嫌で嫌で仕方がなかった。 友達も知り合いもいない場所に行って毎日過ごすなんて、と思って、入学が近付くたびに憂鬱になって、駄々をこねておじいちゃんに叱られてばかりいた。それなのに、今は新学期が待ち遠しいくらいだ。こんなふうになるなんて、まったく思っていなかった。 「これからO.W.LやN.E.W.Tが近付いてくるから、純粋に楽しいのは4年生までかもな」 「う…、そうだった。セドリックは魔法省を目指すんだっけ? それだったらいい成績とらないといけないね」 「ああ、大変だよ」 魔法省に入るには、トップレベルの成績じゃないといけない。 12ふくろうまではいかなくても、受ける試験すべてがOもしくはAくらいはとらないと難しいだろう。 「は獣医だっけ」 「うーん、それはそうなんだけど、癒者方面の知識もほしいからそっち方面で授業は取ってくつもり。一応普通に就職することも考えておきたいの。なにがあるかわからないし」 「相変わらずの堅実さだな」 魔法使いの多くはフクロウやネズミ、猫などのペットを飼っているけれど、獣医にかかることはあまりない。 今はある程度の需要があるし、郵便局からの定期検査などの大型の依頼もあるから安定しているけれど、それだけで暮らせるかどうかを考えると、少し不安だ。 「ジョージとフレッドはどうするの? おばさまは魔法省に入ってほしいって言ってたけど」 「ああ、俺たちは魔法省には入らないよ」 「店を出したいんだ。二人で商品を作って、二人で売って、それで暮らす」 迷いのない言葉に、少し戸惑った。私はもしもを考えてばかりだけど、二人はなにひとつ心配してないんだなって。心配があるとしても、もしなにかあったとしても、二人はその時その時にちゃんと対処して、どうにかしちゃうんだろうなって想像できた。 二人ならどうにかできるって、なんの根拠もないけど自信だけはあるようだった。 「これは一応秘密だからな。ママさんに言ったら涙ながらに説得されちまう」 「ビルやチャーリーはちゃんと就職したけど、二人とも好きなことを好きだけやってる。俺たちだってそうしたい」 「一生やる仕事なら好きなことやらなきゃ損だよな。――俺も、みんなに認められるくらいの実力が身につけばクィディッチの選手を目指すかもしれない」 「……そっかぁ、今は一つに絞らなくてもいいもんね」 思っていた以上に、みんなしっかり夢を持っているんだなあ、と思って驚いた。 私は魔法生物が好きだしお祖父ちゃんを尊敬しているから後を継いで獣医になりたいと思っていたけれど、それ以外にも道はあるかもしれない。 少しはそっちを考えてみるのもいいかもしれないな、とふと思った。 「また此処に来ることあるかな」 「それは…厳しいかもな。此処に来る用事はそんなにないだろうし」 「そうだよね。こっちは人が住んでないから、用事もないよね」 ちょっと名残惜しいな、と思った。 ジョージとフレッドはともかく、セドリックと一緒にどこかへ行くことはもう無いだろう。 来年も同じような依頼を受けるとは思えない。依頼が来たとしてもお祖父ちゃんが行くだろうし、そしたらこんなのんびりすることはできない。 学校でいくらでも会えるけれど、それとは話が違う。 「…おい、ディゴリー」 「なんだい」 「来年じゃなくても、卒業するまでにクィディッチの選手になれよな」 「え」 「なるよ、絶対」 自信たっぷりに、セドリックは頷いた。 そして、薄く笑みを浮かべて、ジョージに向かって口を開いた。 「じゃあ君は…じゃなくて君たちは、卒業したらちゃんと店を出すんだよな」 「するよ。大儲けして吠え面かかせてやるさ」 「期待してるよ」 は箒に乗れるようになることかな、とセドリックは言った。 そして、ようやく会話の意味が分かった気がした。 「私は…、箒じゃなくて、さっきの天馬に乗っても怖がらないようにする。高所恐怖症の克服目指してみる」 「えっ、それは…、ちょっと難易度高いんじゃない?」 「た、高くない。がんばるから」 「じゃあ、約束な」 約束、と言ってみんなでふっと笑いあった。 それを達成したからといってまた集まるわけじゃないけれど、忘れないでいられたらいいなと思った。 全員がその目標を達成するかは卒業後にならないとわからない。叶わないかもしれない。けど、今はそれでいいと思った。 一つの約束で、なんとなく心がすっきりしていた。 またいつか、全員じゃなくても、此処で集まって、思い出せたらいいなあ、なんて。 2012.10.14 三笠 5年後にはセドリックはもういないって考えたらすごく悲しい。 |