#




「なぁベック。アイツのこと、どう思う?」


船に戻る途中のこと。
なんだか変な女に出会った、とは思う。
やけに気になるのは、あの人を信じない孤独な瞳を見た所為か、それともあの家にいる経緯を聞いてしまったからか。
死ぬことを願われている、なんて、寂しすぎるだろ。


「どう、って言われてもな。お頭たちの会話を全部聞いてたわけじゃないから、答えられねえよ」
「なんだ、そうか」
「どんな奴なんだ? なんか随分と海賊を嫌ってるみたいだったが」


どんな奴、と聞かれると少し困る。
海賊を嫌っているのは間違いないし、嫌いだと言われて出てきたんだから、相当毛嫌いしているのだろう。
しかし、それを除けば。
例えば俺が海賊じゃなかったとしたら。
あんなに手酷い扱いはされなかっただろうし、自分を犠牲にしてまで相手の命を護るあの行動からみる限り、あいつは相当優しい奴だろうとは、思う。


「ンンー…、俺もよくわかんねェな!」
「なんだそりゃ」
「…わかんねェけど、いい奴だとは思う。しかもアイツ多分――」


寂しいんだろ。そう言いかけて、口を閉じる。
確証はないし、そう思った理由はわかんねえ。けど、そんな気がする。
これをベックに言っていいものかちょっと迷って、やっぱり別の言葉を口にする。
こちらも確証はないが、あの家やアイツの様子を見る限り多分、合ってはいる。


「多分?」
「………相当、強いだろ」
「しょっちゅう来る海賊に狙われても生きているくらいだからな」


それもある。
あの話を聞いてすぐに思ったことは、何故海賊たちが来るような場所に一人でいて無事なのか、ということだ。
俺たちと最初に出会ったときは木の上で銃持っていたから、変な行動したらすぐに殺すつもりだったのだろう。
それと同じ態度で他の海賊たちに対応していたとしたら、何故生きているかと聞けば一つしか答えは返ってこない。
その海賊たちを相手にしても引けを取らないほどの強さを、あの女が持っているってことだ。


「それと、アイツの身体…」
「身体?」
「ああ。最初は、やけに無駄がない体型してんなァ、くらいにしか思ってなかったんだが。近くで見たら、細かい傷とかすげえあって、あの身のこなしとか見る限り相当鍛えてるんだろうなァ、と」


抱えたときの体重の軽さに、酷く吃驚した。
相手が女だってことを考慮したって、あの軽さは異常だ。憶測だが、40sあるかどうかじゃねえか?
身体はしなやかで、高い木から飛び降りたって怪我ひとつしていなかった。
ただ軽いだけの女なら、そうはいかない。


「お頭」
「あ?」
「まさか、惚れたとか言うんじゃねえよな?」
「…はァ?俺が?アイツに?」


ありえねえ。
そう呟く俺を横眼で見て、ベックは大きくため息をついた。


「なら良かった」
「あんなちょっとの時間で惚れるわけねーだろうが」
「ああ、まぁ、そうだな」


歯切れ悪く、ベックはそんなことを言って。
俺はなんだかよく分からないまま、一度アイツの家を振り返った。


一応は教えてくれたものの、アイツは俺を赤髪としか呼ばないし、気を許してくれたとは到底思えない。
すぐにこの島を発つか、どうするか。
とりあえず今日はいいにしても、明日船を出すかどうするか、悩む。
のことは気になるが、航海だって重要だ。
ログが溜まっている以上、わざわざ邪険にされるであろう街に行くのも気が引ける。

ま、明日の朝にでも、決めればいいか。

そう考えて、とにかく今日は珍しく宴もせず、床に着いた。





――朝――

日が上り、朝が来た。
こればっかりは何処に居ても変わらない。夜は自然と明けて朝が来る。
それが冬島であっても春島であっても、世界のどこでも朝はあり、昼があり、夜がある。

欠伸を噛み殺しながら、自室を出て、朝食を食いに食堂へ行く。
その途中、なにやら船員が船から降りて話しているのが見えた。
船員の中には、ベックの姿もあった。
そいつらの中心には、なにやら3つの樽がある。


「おーい、なにしてんだ?」
「あ、おはようございますお頭!」
「おお、はよ」


適当にひらひらと手を振って、船から飛び降りる。
ぺたぺたと薄いサンダルで砂を踏みながら、ベックたちの元へとゆったり歩いた。


「あの女から、だそうだ」
「…から?なんで」
「コイツが聞いたところ、昨日の礼らしい」
「ああ、あれか」


そういえば昨日の怪我はどうなったのか。
まだ治るはずはないが、少しは痛みがなくなっているだろうか。

大方、借りを作りたくなかったとか、そういったところだろう。
そう思いながら、ふと樽に目をやるが、何が入っているのか区別はつかない。


「で、中身は?」
「酒らしいぞ。本当にそうかは確かめてないが」
「お、そりゃあいい。どれ、」


樽の一つを開けてみると、確かに酒の香りが漂う。
赤いから葡萄酒辺りか、と考えて、指を突っ込んで、咥えてみる。
おお、当たり。


「こりゃうめえ」
「お頭…、毒でも入ってたらどうするつもりだ…」


呆れたような顔をして、ベックがそう呟いた。
俺たちの命を狙うような輩はそこらじゅうに居るのだから、そういう考えは珍しくもなんともない。しかし、俺はこの酒樽に毒なんかが仕込んであるはずはないと確信していたし、それを疑おうとも思わなかった。
まァ、その根拠はただの勘、ではあるが。


「ンなこと、アイツはやんねえよ」
「根拠もねェのに、」
「絶対やんねえよ。力で勝てないから毒使うなんて、アイツのプライドが許さねえだろ」


喉の奥から笑ってやった。
たった数分話しただけなのに、何故こんなにも自信があるのかは分からない。
訝しげに見るベックを一瞥して、その辺でこちらを窺っている船員たちに声をかけた。


「おい、お前ら。これを船に運んでくれ」
「お頭、」
「大丈夫だって言っただろ。そんなに気になるなら、船医にでも調べさせればいいじゃねえか」


船員の一人が頷くのを確認してから、俺は船に戻る。
後ろで、ベックが大きなため息をつくのが聞こえたが、そんなの気にしねえ。
俺は俺のやりたいようにやるからな。





2010 3 30 三笠