「お前、何歳だ?」


船が出発してすぐのこと。副船長と名乗る彼に引きずられて船の案内をしてもらった。それが一通り済んだところでこの台詞だ。
怪訝に思いながらも、その問いに答える。


「19」
「そうか。じゃあ酒は飲めねェな」
「まあ。たぶん」


飲んだことないけど、と呟くと、飲まない方がいい、と彼は言った。
男の人にしては長めの黒髪を後ろで無造作に縛って、先ほどから見ている限りではとても冷静な様子。大人ってこういう人のことを言うんだろうなあと思った。だって、とてもじゃないけど赤髪のことを大人らしいとは思えないから。


「今日は宴だってお頭が言ってたからな。なんか別の飲み物用意しとくようにコックに伝えとく」
「え。それなら別になにも要らないけ、ど」


そう言ってる途中に、彼は深くため息をついた。
副船長の大きな手が私の頭に触れて、乱雑に髪を撫でられた。


「馬鹿なこと言ってないで、食えるときに食っとけ。海の上じゃなにが起きるかわかんねえんだぞ」
「それが、海賊の心得?」
「まあ、そんなところだ」


個室以外は一通り案内されたであろう船の上。海の上の違和感にはまだ慣れないけれど、酔うほどではないし、そのうち慣れてしまうと目の前の彼は言っていた。

彼は、ポケットから鍵の束を取り出した。
それから一つだけ選びだし、目の前のドアに鍵を一つ差し込む。


「此処がお前の部屋だ。好きに使え」
「え、いいの?」
「男だったら適当な大部屋に突っ込むけどな。他の奴らが変な気を起こさねェように気ィつけとけ」
「…此処、前から空き部屋だったの?」
「いや、適当な物置だったな。ちょっと鉄臭いかもしれねェが、我慢してくれ」


副船長がドアを開けてくれて、部屋の中を覗く。確かに少しだけ鉄の匂いがして、もしかしたら武器庫とか宝物庫のようなものだったのかもしれないと考えた。
緑色のハンモックが一つだけあって、他には何もない部屋だった。


「ベッドも何もなくて悪ィな。なんか必要なモンがあれば次の島で仕入れてやれってお頭から言われてる。好きに使ってくれ」
「…なんで私にそこまでしてくれるの」


心底疑問に思って、訝しげに副船長を見上げた。
出会ったばかりで殆ど話したことのない私に、なんでそこまでしてくれるのか分からない。自分の部屋なんて無いと思っていたし、男所帯にそんな気遣いを期待するだけ無駄だと思ってた。それなのに、この人はちゃんと私を気遣ってくれている。なんで、そこまでしてくれるのか。私にはわからなかった。


「お頭が勝手に決めたことだが、お前は俺たちの仲間になった。理由はそれだけで充分だろ」


さらりと言われたその言葉とともに鍵を渡された。錆びた重い鍵が手の上で鈍く光る。
仲間なんて言葉が私に向けられる日が来ると思っていなかった。やさしい。あたたかい。まだ1日すら経っていないけど、この海賊船の雰囲気は、今まで見てきたどの海賊とも違っていた。此処に居てもいいのか、なんて気おくれはするけど、それよりもなによりも、此処に居たい、と思った。思って、しまった。


「ああ、それと一つだけ。この船に乗るなら覚えておいてほしいことがある」
「…なに」


彼を見上げると、真剣な表情でこちらを見つめていた。
ゆらりゆらりと煙草の煙が漂う。


「海賊にはいろんな種類がある。宝を求める者、人を殺したい奴、海賊王を目指す奴、冒険をしたい奴…。この船の目的は世界を見ることだ。あの人がそう決めた。
 お前の目的は何でも構わない。だが、此処に居ると決めたなら、とにかくしぶとく生き残ってくれ。生きることを諦めるな。足掻け、理不尽を受け入れるな」


機関銃のように重たい言葉が私に向けられて、衝撃に一瞬くらりとした。力を持った言葉だった。彼の、確かな経験に裏付けされた迫力を感じた。
威圧されたけれど、ここで目を逸らすことはしたくなかった。瞬きすらせずに、私は彼を見つめた。そして、しっかりと、頷いた。


「分かった、約束する。絶対に、死ぬことを受け入れない。私は、生きたい」
「…ああ。そうだ。他のどんな我儘だって言っていいから、これだけは忘れないでくれ」


ふっと彼は息をついて、薄く笑みを浮かべた。
瞬時に消える威圧感。
私もそっと肩の力を抜いた。


「じゃあ、後は適当に過ごしていてくれ。この部屋は好きに使ってくれて構わないし、個人の部屋以外は自由に見てくれればいい。うちのクルーはお節介ばっかだから絡まれるかもしれないが、それはそれで楽しいと思うぞ」
「ん、わかった。ありがとう」


一言お礼を言うと、彼は軽く片手を上げて、背を向けて去ってしまった。
ふうと一つ息をついて、とりあえず自室に入った。


(ベッド二つ分くらいの小さな部屋に、なんだかすごく胸が高鳴った。)
(私、島を出たん、だ)




2011.6.17 三笠