嗚呼、どうしてこんなことになったのか。 今私は、素っ裸で、同い年くらいの女の子に体中にメジャーを当てられている。 事の起こりは数十分前のことだ。 私はシャンクスと2人で、着いたばかりの港町を歩いていた。 「とりあえず服屋だな。俺は布団を買って船に置いてくるから、それまでに適当に選んどけ」 「えっ」 町で一番大きい、若い女の子向けの服屋に入ると、シャンクスはすぐに店員の女の子に声をかけていた。 普通、こういうお店でシャンクスみたいな人は居心地悪くなると思うんだけど、この人はまったくそんなことは気にしない。 普通に声をかけて、普通に談笑していた。 「ということだから、こいつに1週間〜10日分くらいの服を見繕ってくれ。なるべく動きやすくて着回しができて、夏物冬物が半分ずつくらいにしてくれたほうがありがたい。あとコート1着と下着も同じ日数分頼む」 さらりとそんなことを言って、店員の女の子はそれをメモして笑顔で「かしこまりました」と頷いた。 私は置いてきぼりをくらった気分でぼんやりしていたら、シャンクスは「じゃあ後でな」と1言言って出て行き、私は店員に試着室へと放り込まれたということだ。 そしてすぐに服を全部引っぺがされ、採寸へと入った、ということだけど。 「あああの、これ全部脱がないといけないんですか」 「結構量があるのでー、正確に測ったほうが試着時間節約できていいんですよー」 「! ちょ、あの、あんまり触らないでいただけます…? っひ、」 「きゃーっ 腰すっごい細いですねーっ 肌もすべすべで、お客様、なにか特別なケアしてます?」 「い、いえあのなにも」 「えーほんとですかあー? スタイルいいしー、肌奇麗だしー、あっ、下着もお求めですよね? とびきりセクシーなのにしましょうよ! さっきのお兄さん恋人ですか? 思わず襲いたくなっちゃうくらいなの選びますねっ」 「ええとあの、普通ので…。恋人なんていませんし」 「そうなんですか? えーでもー、見えないオシャレにも気を遣ってみると、やっぱりテンション上がりますしー、生活にもメリハリが出ていいと思うんですよね! とりあえずいくつか候補を持ってまいりますので! 試着して選んでいただけたらとー思うんですけどー、いかがです?」 「じゃああの、それで」 「はあい!かしこまりましたー!」 いかにも女の子らしいその店員さんは、試着室からささっと外へ出て、候補を探しに行った。 体を触られるのは好きではないし、背中を向けた状態ではなおのこと。敵意がないのはわかっているが、どうにも安心できない。 「お待たせしましたーっ 1週間〜10日程度ですよね? 今うちにあるのがこの26種類ですので、この中から選んでいただければと思うんですけどー。どれかピンと来たのはありますー?」 「え、ええっと、じゃあ…」 無難な色目のものを指定していく。水色、薄ピンク、白、紺…。大きなリボンやレースがふんだんに使われたものはどうにも選びにくい。 誰かに見られるものではないけれど、服の下もなるべく地味目で無難に済ませてしまいたい。 「お客様はスタイルも顔立ちもはっきりしていますので、こちらの少し濃い色のものも似合うと思うんですけど、」 「えっ、あーでもそれはちょっと派手じゃないですか?」 「つけてみると意外とそうでもないんですよー!それか、こちらのものもよろしいかと思うんですが、」 「う、うーん…えっと、そう、そうですね…そっちのほうが、着やすいですかね」 「そうですねー!じゃあ一度つけてみますか?」 「えっ、あ、はい…」 そう言うと、長さを調節し、ささっと私の胸をそれに押し込んでしまった。夕焼けのような鮮やかなオレンジ。思っていたよりも派手ではなくて、誰かに見られるわけでもないしこのくらいなら、と頷いた。 「いかがです?きつくはないですか?」 「だ、大丈夫です」 「はあい、じゃあサイズはこちらのもので合わせますね!デザインはどちらのものがよろしいでしょうか」 「えっと、じゃあ…」 1週間分以上、ということだったので、8セット選ぶ。 その間にいくつか動きやすい服を選んでくれたようで、上下セットでいくつか候補を用意してくれていた。 「こちらが夏物になりまして、あと冬物がー」 まだまだ長くかかりそうだ。 「おつかれさまでしたー!これで8日分ですね!ではこちら包んでおきますので、それまでご自由にご覧くださいませ!」 「あ、はい。お願いしますー」 ふうと小さくため息をつく。女の子と話すのも服を買うのもいろいろ全部初めてのことばかりで緊張した…。 広いお店の中を見て回る。女の子らしいワンピースやスカート、フリルのたくさんついたカットソーなど、海賊には向かないだろうなあという服が結構多かったけれど、そういえば選んでくれた服にはそういうのはなかったなあと思い浮かべる。最初の注文通りに動きやすくて着回しがしやすそうなものばかりを選んでくれていたのがわかった。 「あ、」 「おう。終わったか?」 「うん。今包んでくれてる」 「そうか。さっき船に戻ったら、ベッドはもう出来上がるらしいぞ。布団も買ってきたし…、あと必要なものはなんかあるか?」 「えーと」 メモを取り出して見るが、少々言いづらいものもあって、どう言おうか迷う。 察したのか察してないのかわからないが、そのメモを無理に見ようとするのではなく、「まあ金渡してあと勝手に回ったほうがいいか」なんて勝手に決めてしまった。 なんだろう、この違和感。私を無理やり島から連れてきた人の行動とは思えない。 「なんか、イメージと違う」 「何がだ」 「今日のシャンクス、しっかりしすぎててなんかおかしい」 そう言うと、シャンクスは眉をひそめてそっぽを向いた。 なんだこの人。普段なら言い返すんじゃないの? おかしいなんて言われてなにも言わないなんてやっぱりこの人らしくないような気がする。 「あのな、俺はお前を半ば無理やり連れてきただろ」 「うん。完全に無理やりだったと思うんだけど」 「でも後悔はしてないだろ」 「それは、うん。感謝してる」 感謝なんて言葉が出るとは思っていなかったのだろう、シャンクスは少し面喰った顔をした。けど、すぐにいつもどおりの顔をして、いつもどおりに喋り始めた。 「ああ、そうか。ならいい。…というかな、俺はその件でいろいろあったんだよ」 「いろいろって?」 「―――アー、ベックは分かるよな?副船長で黒髪でよく煙草吸ってる…」 「うん、わかる」 副船長の顔はわかる。 頷くと、シャンクスは、だよな、というように頷いて、それから少し眉をひそめて話し始めた。 「そいつに俺はスッゲー怒られたんだよ。連れてくるにしてもやり方があるだろとか、最初は適当な男部屋に突っ込むつもりだったからそれに関しても女を一緒にするのはまずいとか、連れてくんなら最低限女に対する配慮が必要だとか、なんかいろいろ言ってたな…。あーくっそ、あの野郎…、まあ正論だったからな…、一応聞くけどよ」 「へえ、そんなことがあったんだ」 シャンクスに一人部屋を用意したりわざわざ買い物に付き添ったり、そんな気づかいがあることに驚いていたが、まさかあの副船長によるものだとは思っていなかった。 まあ、そのほうが納得するなあと思いながら、頷く。 あとで副船長にお礼を言っておこう。 「あったんだよ。それで、俺が勝手に連れてきたってことで、今回は俺の金で全部面倒見てやれってさ。ついでに必要なこと全部教えてこいとか女一人で知らない町をうろちょろするのは危ないから慣れるまでは付き添ってやれとか、なんかこういろいろな。それで今日のこの状態だ。…納得したか?」 頷いた後で、あ、と思いだした。 脳裏に浮かぶのは、朝の光景だ。 「…もしかして、今朝コーヒー飲んでたのもそれ関係?」 「ああ、あれな。ちゃんと目ェ覚ましてから行けって言われて無理やり飲まされた。あんなん飲まなくても起きてるっての」 ちょっとは俺を信用しろって。なあ? そう言うシャンクスを見て、素直に頷くことはできなかった。 曖昧に頷いておくと、少し不満げにシャンクスはそっぽを向いた。 「まあ、そういうわけでだな。今日の俺はお前の世話をしねえといけないんだと。なんかあったら言ってくれ」 「別にいつもどおりでいいのに」 そう言ったら、シャンクスは苦笑した。 一応は海賊の先輩としていいところを見せておきたかったのだろうか。 今の話を聞くと不満げだけど、今日の様子を見る限り、そこまで嫌ではなかったようだ。 「でも、まあ…よろしく?」 「おお。買い物終わったら、散策もしようぜ。結構大きい街だし、楽しめそうだ」 窓の外を見ながらシャンクスは言った。 そこでようやく店員のお姉さんが、商品を包み終えたと言いに来たので、私とシャンクスはお金を払って外へ出た。 (…結構な量だな) (夏物冬物半分ずつで8種類、かなー) (一度船に戻って置いてきた方がいいな…) 2012.8.1 三笠 |