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俺の隣をひょこひょこ歩いてついてきていたそいつは、周りを興味深げにきょろきょろ見渡しながら歩く。
それに合わせてゆっくり歩いてはいるが、いつ迷子になるか分かったもんじゃない。


「おい、ちゃんと前向いて歩けよ」
「あ、うん」


返事はするものの、視線は一向に定まらない。
呆れながらもその視線を辿るが、特に珍しいものはない。


「なんか気になるものあるか?」
「え? ああ、ううん、なんでもない」
「……だったら真っ直ぐ歩けよ」


そう言うと、は気まずそうに息を呑んだ。
活気ある町並みは確かに見ていて気持ちがいいものだが、海賊を何年もやっているとある程度見慣れたものだった。

日差しがさんさんと降り注ぐ夏島。通りには多くの出店が並んでいて、果物や雑貨、軽い飲食まで売っている。
比較的大きな港町で、それなりに発達した石の家が立ち並ぶ。
豊かな食材に豊かな自然――、非常に恵まれた土地だと感じた。


「あ、あの、シャンクス」
「なんだ?」
「石の家ってもしかして珍しくないの?」


ぼそぼそと尋ねてくるその声を聞いて、ようやく俺はが何を見ていたのか分かった。
そうだった、こいつはあの島しか知らないんだった。
殆ど何もないような閉鎖された島だった。あの島とは真逆のこの島は、確かにこいつにとっては珍しいものだらけだろう。


「そんなに珍しくねェな。この街は豊かなほうだとは思うけど、今の時代、このくらいの街はいくらでもある」
「じゃあ、ああいう屋台も?」
「あるところにはあるって感じだな。祭りの時限定で設置する町もあるし…。なんだ、気になるのか?」
「えっ、いや…そうじゃないけど」


言葉とは裏腹に、辺りを見渡すの目は輝いていて、興味あることがまるわかりだった。
大きな青い目がいつもより大きく見開かれていて、心なしかいつもより幼く見える。
にとっては海賊になって初めての上陸だし、楽しまなくては損だろう。
俺は自分の口の端が上がるのがわかった。よし、と一声出して決心する。


「昼飯は屋台食い荒らそうぜ。まずは、そうだな…あっちの列から行くか」
「え!? ちょ、ちょっと待って。あっちの列って…どれだけ食べるつもりよ!」
「満腹になるまでに決まってんだろ。お、アレ美味そうだな。おっちゃん、それ一つくれよ」


もう、と不満げに言うが、その言葉とは反対に明るい声だった。
どっちが子供なんだか、と呟く声に、お前のがよっぽどガキだよ、と返してやりたかったけど、絶対膨れるからやめておいた。
金を払って買った海王類の焼き物を一口食ってから、の口元によこす。
戸惑ったようにこちらを見上げた。


「美味いから食えって」
「え、これなに」
「イカみたいな何かを焼いたやつ」
「……適当すぎるわよ」


でも興味はあるのか、は小さく開けた口でほんの少しだけ齧った。
ゆっくり咀嚼して、そしてごくんと飲み込んだ。
笑みを見せるところまではいかなかったが、先ほど作ったばかりの眉間の皺がなくなっていて、きっと美味かったんだろうと勝手に結論付ける。


「美味いだろ」
「…うん」
「まだあるぜ。気になったのあったらどんどん言ってくれ」


の腕を引いて、屋台を次々に制覇していく。
時折「これおいしい」なんて思わずと言った様子で呟くこともあって、いつもそのくらい素直でいればいいのにと隠れて笑った。
思っていた以上にくるくると変わる表情がなんだか歳相応で、オンナらしくて、行く前はじゃじゃ馬馴らしになるかと思っていた買い物は、俺のほうもよっぽど楽しくなっていた。


(……お、綿飴食うか?)
(えっ…なに、綿?)
(砂糖の塊みたいなもんだ)
(砂糖? えっ、うそ、これ砂糖なの? なんで?)
(理屈なんかどうだっていいだろ! おっちゃん、綿飴ひとつ)
(ええ…? 今度本で調べよう…)


2012.8.12 三笠