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「そうだな…、世界は広いからな。俺が行ったことあるのは…」


買い物の間に仲良くなったのか、お頭とは二人で何やら話を続けていた。基本的にはお頭の経験談をが聞いているようで、夕飯の店を探す間もずっと話していた。


「随分仲良くなったもんだな」
「ん? ああ、まあな。こいつは知らないことが多すぎるからな、いろいろ教えてやってるんだ」
「…知識はあるわよ、経験がないだけで」
「本の知識は知識って言わねーよ! 結局は経験しなきゃ身につかねーんだ」


偉そうに先輩風を吹かして話すお頭を横目で見ながら、小さく息をついた。
うまくやってるなら別にいい。


「あなたはいつから海賊をやってるの?」
「俺か? 俺はこの海賊団を作る前に他の海賊団にいたんだ。今のお前よりも若い頃からな」
「へえ。あなたも船長じゃないときがあったのね」
「ああ。俺は、ある偉大な海賊団にいたんだ。当時はまだ下っ端だったが、あの頃のことはまだよく覚えてる。船長のことも当時のクルーのことも、なにひとつ忘れちゃいねえ」


ゴールド・ロジャーの船に乗っていた頃のことを思い浮かべているのか、少し遠い目をしていた。そして心底楽しそうに口の端を上げた。
今は存在しない海賊団だ。もしも解散しなかったら、お頭は今もあの船に乗っていたのだろうか。あり得ないもしもを考えるなんて俺らしくないが、つい考えてしまう。


「じゃあ、もしかしてあの海賊王ゴールド・ロジャーやエドワード・ニューゲートとも会ったことがあるの?」
「おお、両方知ってるぞ。二人とも大海賊だ。白ひげはまだ海賊を続けるだろうし、おまえもそのうち会えるだろ」
「あ、会いたくはない…かも。まだ死にたくないし」
「おいおい。そう簡単に殺させねーし殺そうともしねーよ。そりゃあ敵船だが、無闇に戦おうとするような奴じゃねーよ」
「…そうなの?」
「そうだ」


そうなんだ、とがつぶやくのが聞こえた。
民間人の中の海賊なんて、常に殺しあってるようなイメージなんだろう。実際、船を見たらすぐ襲うような海賊もいるからあながち嘘でもない。しかし、戦闘は回避できるのなら回避したいというのが本音で、闘う理由があればもちろん徹底的にして、奪うものはすべて奪う。
両極端かもしれないが、海賊を名乗れば海賊で、奪うも殺すもそのときの気分次第と言っても過言ではない。


「他には? 他にも誰か、有名な海賊と会ったことはあるの?」
「んー? 有名な海賊ってやつがどいつかはわかんねーが…、」


懸賞金の高い連中を適当に上げていく。
ビッグ・マム、カイドウ、ジンベイ…。時折小話を混ぜながら話すお頭は楽しげで、聴いているもなんだか少し楽しそうに見えた。


「そうだ、鷹の目を知ってるか? 剣豪なんだが、面白い奴でな」
「聞いたことはある。強いの?」
「ああ、すげえ強えぞ。世界でも有数の剣豪だ」


お頭と鷹の目ミホークとは会うたびに剣の勝負をする仲だ。
酒も一緒に飲み交わし、知り合ってから早数年、お頭にとっては友人といっても過言ではない。
常に一人で行動し、ただひたすらに剣の道を突き進むミホークと友人なんて、世界でも数少ないだろうが。


「あなたが言うと、海賊なのにみんな普通の人みたいに聞こえるわ」
「あ? なに言ってんだ。当たり前だろ」
「当たり前なわけないでしょ。だって、あなたが今挙げた人を殺してもなんとも思わないような人ばかりよ。普通じゃないわ」
「海賊の俺にとっちゃ、それが普通だからな。俺が普通だと思って話せば、普通に聞こえるだろ。…尤も、俺は殺さなくていいなら殺したくはねェがな」


戦いを楽しく思うことがないわけではない。しかし、殺したくて殺すことは一度もなかった。なにかを守ったり、手に入れたりするための手段だった。お頭も俺も、この船の連中にとっては、殺しは快楽ではない。
そこに関しては、一般人からしてみたら意外なのかもしれない。


「…というか、お前は勘違いしてるぞ。海賊は人殺しじゃねェ。この世の中で最も自由な人間のことを海賊って言うんだぞ」
「…そうだっけ」
「そうだ!」


快活に笑って、海賊とは何かをに説くお頭を見ながら息をつく。
そんなのは俺たちだけかもしんねーぜ、なんて。
世界は思っていたより悪くねェのは、お頭といるからだ。この海賊団に乗ってからは、吐き気がするほど嫌なものもたくさん見てきたが、それ以上にいいものを見てきたと思う。


「世界は広いぞ。お前が思っているより、ずっとな。すげえ奴もたくさんいるが、その分どうしようもねえ奴もいる。お前は、今までどうしようもねえ奴ばっかり見てきたのかもしれねえが、その分これからはすげえ奴らに会える。だから期待してろ」
「…そうね。あなたに会えたし」


がぼそりと呟いた言葉は、かろうじて聞こえる程度だった。
だが、満足そうにお頭は笑みを浮かべた。

気づくと、俺の口元も少しだけ緩んでいた。微笑ましい、そんな言葉が正しいような光景だった。



2014.5.25 三笠