ああもうばか好き、だいすき
「お前、最近俺のこと、馬鹿馬鹿言い過ぎだろ」


2人きりの部屋。
適当に本を読んでいた私に、呆れたような口振りでシャンクスはそう言った。


「…そう?」
「そうだ。昨日も俺がお前ン中から出ずに2回目やろうとしたときとか…っと」
「ば、ばか!なに言って」
「ほら、また言った」


にやりと笑うシャンクスに、昨夜のことを思い出して頬を真っ赤にする私。
私の方が分が悪いのは今に始まったことではない。
私が放り投げたクッションを苦もなく受け取ったシャンクスは、それを私に投げ返して、そのままベッドに腰掛けた。


「じゃあ、今度馬鹿って言ったらキスしてやるよ」
「…意味わかんない」
「わかんなくていいさ。俺がやりたいだけだからな」


そう笑って言って、私はむうと口を尖らせた。
シャンクスはゆったりと剣の手入れを始めて、私は本の続きを読んで。
なんとなく時間が経っていって、無言だけどなんだか落ち着いた空気が広まっていて、ふと私は眠くなっていた。


「…ふあ」


口元を押さえて、小さく欠伸をした。
本にしおりを挟んで適当な場所に置いて、私はシャンクスの座っているベッドにうつ伏せに突っ伏した。


「お、なんだ? 寝るのか?」
「うー…、ちょっと、眠い。夕飯前に起こして」
「いや、それよりも眠気覚ましに一回、」
「ばあか。やだよそんなの」


何気なく言った言葉。
シーツを握りしめて、やっぱりちゃんとベッドに横になろうかなあなんて考えた瞬間。
肩を掴まれて、問答無用とでも言うような強い力で仰向けにさせられた。
なにすんの、と反抗の言葉を口にしようとしたけれど、それよりも早く、唇が降りてきて。
呼吸を、奪った。


「…っん」


開きかけた唇から舌が入り込んで、はうっと息を吐き出して。
舌を絡められて、口を閉じられずに微かな隙に息を吸って、力の入らない手で、必死でシャンクスの服の裾を掴んだ。


「っは、あ、ァ」


唇が離れた瞬間には、呼吸をするだけでも必死で。
それでも、溢れた唾液をだるい手つきで拭った。


「言っただろ? 馬鹿、って言ったらキスするって」
「…言った、けど」
「な。自業自得ってやつだ」


にっと笑って、体を起こすシャンクス。
また私に背を向けて、剣の手入れに戻った。
私はと言うと、ベッドに体を横にしたまま、中途半端でどうにも満たされない感情に襲われていた。
キスだけで、感じた、みたい。

どくんどくんと心臓がうるさい。
キスの後に口の端をなめるシャンクスの、艶めかしい舌の動きが頭から離れない。

ああもう一度。
そう、考えたら言うことはもう決まっていた。


「…シャンクス」
「んン?」

「……………ばか」


くるりと、シャンクスがこちらを向いた。
視線が合って、なんだか恥ずかしくなって、顔をそむける。

カタリと剣を置く音がして。
ギシリとベッドのスプリングが軋んだ。

シャンクスの大きな手が私の頬を包んで。
私は右腕をついて身体を起こして、シャンクスの首に腕をまわした。
あとはもう、流れるように求めるままに。
唇をあわせて、互いを貪るように激しく。


「ん、ンん、ぅ は」


どろどろに溶けてしまえばいいのに。
そうして一緒になれれば、きっともっと気持ちいいのに。
そう考えるくらい、シャンクスが欲しくて欲しくてたまらなくなって。
しがみつく腕に力を入れた。


「っぁ、はぅ…シャン、っんン」



がっちりと身体と身体をくっつけあって、時折名前を呼び合って、それでもすぐにキスを再開する。
もう何度めなのか、どのくらい時間が経ったのか分からなくなった頃。
トントン、と。
ドアをたたく音が聞こえた。


「おーい、お頭ー」

「っン」


ベックマンだ、と認識してすぐに離れようとするけど、シャンクスの腕が、足が、私を離そうとしない。
足で下半身を押さえつけられて、片腕で頭の後ろを押さえられて、キスがやめられない。
もちろんそのままで凄く凄く気持ちいいけれど、けれどベックマンが、と頭の中でぐるぐるとそんな考えが浮かんで。
そんなことは全く気にしないシャンクスが、最後にちゅっと音をたてて、唇を離す。


「…ったく、イイとこだったのによォ」
「は、はぁ…、っばか! なん、なんですぐ止め、」


もう一度引き込まれて、一度私の舌を噛んで、痛みに顔をしかめる。
ちゅちゅ、と二度のリップ音のあと、唇が離れた。


「ばか、って禁句だろ? まったく、こういうときは頭の回転悪いんだよなァ、お前は」


痺れるような感覚がじんわりと残っていて。
それを撥ね退けるように私は布団をかけて、ベッドに潜り込んだ。
それと同時にシャンクスがドアを開けてベックマンと話すのが聞こえて、その会話を子守唄にすると、すぐに眠気が襲ってくる。

この体の火照りと、舌の痺れが、起きたとき治っていればいいなあくらいに思いながら。
その眠気に体を委ねた。




「 ばか 」(=Please kiss me)









あとがき。

長く付き合ってると、ちょっときつい言葉遣いになっちゃうこと、ありませんか?
ずっと一緒にいるからこそ、ってことだけど、でもね、ときどきは最初の気持ち思いだせたらいいなあって思います。
「ばか」って軽く言っちゃうけど、それってあんまりいい言葉じゃないんですよね。一時期、みんなが軽く「しね」って言ってて、私はその言葉にいちいち傷ついて。私が言われているわけじゃなくても、そういう言葉がたくさん聞こえる世界がすごく寂しくて。居心地が悪くって。
心の中は伝わらないんだよ。でも、言葉は伝わるんだよ。
折角自分のことを伝えるんだから、やさしい言葉を使いたいなあって、思います。
長々と語ってしまいました(笑)でも、わたし、言葉がだいすきなんです。
あたたかい言葉が大好き。みんなが紡ぐ優しい言葉が大好き。
だから、もうちょっとやさしくたのしく、話そうねって。

―――とか言って、このお話のタイトルは「ばか」なんですよね。
でも、こういう「ばか」ならいいんじゃないかなって。
いとしくていとしくて、でも言えなくって。
そんなときに、相手に伝わるようなときに、小さくつぶやく「ばか」ならいいんじゃないかなって、そう思って書きました。

ふたりだけの言葉って、いいなあって思います。
それが、いい意味なら、特に。


人を傷つける意味の言葉が、優しい意味のことばに変わるなら。
きっともっと幸せになれるのになあって、おもいます。


2009 7 25 三笠