病名:恋




どきどきする。


戦闘中の何処に敵がいていつ攻撃がくるか分からないときの緊張感とか、海の中に沈んで真っ暗な水の中で微かに感じる光を見上げている時とか、そういうときとは違う、どきどき。


ただ一人の人間のことを考えるだけで、心臓がばくばく煩い。
目があっただけで、とくんと大きく心臓が脈打って、顔が火照る。
会話なんて、もってのほか。

私は一体、どうしてしまったのだろう。



「肉食うか?」


宴の最中。
私は、その中に混じることもせず、船のマストにもたれ掛かって一人でオレンジジュースを飲んでいた。
今日は星が奇麗だから、ただひたすら空を見上げて、時々伸びをして。
そんなときに、急に声をかけられた。
声の方向を見上げると、ルウとヤソップがこちらを見下ろしていた。
手には酒と料理(ルウは肉のみ)を持って。


「…ルウが食べなよ。ていうかそれ食べ掛けじゃない?」
「ぶっはっは!元々あげる気なんてねーからなあ」
「てめ、だったら言うんじゃねーよ!」


ばこんと軽い音がしてヤソップがルウの頭を殴って。
いつも通りのやりとりになんだか笑ってしまって。
ふふ、と堪え切れずに漏れた笑い声に、二人も笑った。


「お前、なんでこんなトコにいんだよ。あっち来いよ、楽しいぜー?」
「宴だったら毎日やってるじゃん。たまには一人でいたい日もあるの!」
「…あるか?」
「無ェな」


この男所帯で同意を求めるなんて野暮なことはしない。
ぐっと持っていたジュースを飲みほして、立ち上がった。


「ごめん、今日は先に寝るから」
「お? なんだ、お頭ンとこ行かねーのか?」
「…別に、行く必要ないでしょ」
「さっき「そーいえばは何処で飲んでンだ?」って、気にしてたぞー。まァ、今は中で飲み比べしてっけど」
「ふーん」


興味がない振りして、必死で冷静を装う。
こんな状態で、シャンクスに会えるはずがないんだ。
お頭に会う時ばかりおかしな症状が出て、会話すらマトモにできない。ああもう本当にこれってどういう病気なの?医者は病気じゃないから心配するなとしか言わないし、処方箋すら出してくれなかった。他の人にはうつらないらしいから、普通に生活してるけれど。


「おーい、お前等なにしてンだ?」


びくり、と身体が跳ねあがった。
分かりやすいにも程がある。もしかしてヤソップやルウに気付かれたかな。こんなに分かりやすい反応をしてしまうなんて、私どうしたの。おかしいよほんと。なんなの、これ。どういう病気なの?お頭に会うと心臓がおかしくなる病気?なあに、どういうこと。わからないわからないわからないよ。


「おー、お頭。がもう寝るとか言い出すからよー」
「は? なんだ。今日は随分早ェじゃねーか。どうかしたのか?」


名前を呼ばれて、さっきからいきなり騒ぎだした心臓がまた一段とうるさくなった。身体が熱い。熱でもあるみたい。…ああそうだ、そうなんだ、やっぱりこれは病気なんだ、だからおかしいんだ。変なんだ。さっさと寝なくっちゃ。ああでも、でもお頭がそこにいて、私がここにいて。もっとお頭とお話したい、気遣ってもらいたいなんて、ちょっとだけ感じてる。カツン、カツン、とお頭の足音が近づいてきた。私は、急いで立ち上がって、お頭に向き合った。
あ、どうしよう。なにを言えば、いい、の ?


「ん?なんか顔赤いな。熱でもあンのか?」
「えっな、なっなん、なんっで、 も、な」


そう言った瞬間に、お頭の手は私の額に触れた。
温かくて大きくて骨ばった、おとこの人の手が、私に触れていた。
ひっ、と小さく悲鳴みたいな声を上げて硬直してしまった私にお頭は笑い声を上げた。
そしてそのまま、乱雑に髪をぐしゃぐしゃに撫でた。


「なんだ、びっくりしたのか」
「そ、そそ、そうですよ!い、いきなり、なん、なんですかっ」
「熱があるか確かめただけだろ? そんな騒ぐなって」


お頭はぐしゃぐしゃになった私の頭を今度は優しく撫でて、なんとなく整えてくれた。
そして最後にもう一度額に手を当てる。


「やっぱりちょっと熱いな…」

「!! わ、 私、もう寝ますからっ」


そう半ば叫ぶように言って、急いで私は自室へと走って行った。
お頭の顔が近くって、触れた手が温かくって、ああもうなんて言えばいいのかわからない。とにかく私の体温が急上昇して熱が高まって、いつの間にか握りしめていた手が汗ばんでいて、お頭の目の前にいることが辛くなって、思い切り走ってしまった。
どきどきどころじゃない、ばくばく心臓が暴れ出して、身体が熱くて堪らない。
顔だって赤い。
頭の片隅で、耳まで赤くなるなんてことあるんだって思った。

どう考えても挙動不審。ああもうどうしよう、これからどうやって接したらいいの。病気の所為です、なんて言い訳通用するのかな。私にだって理由がわからないんだから、お頭たちのほうがずっとずっと変に思ってるに決まってる。

ああもう、どうしよう。







私はなにやら病気に罹っている様なのです
(症状は、熱・息切れ・動悸。その他諸々生じております)







「…どうしたんだ、あいつ」

「…さあ?(分かりやすいにも程があるな)」
「なんだろうなァ(まぁ、なるようになるだろ)」





2010 7 17 三笠