船の上。潮風に当たって月を眺めていたら、後ろからそんな声が聴こえた。声の主は、振り返らなくてもわかる。
「なにを、ですか?」 彼の口から彼の名前が出てきたことに、少なからず驚いた。だって、私が彼を想っていることは誰にも気づかれていないと思っていたから。
「なんのことでしょう」
くくっと、彼は喉を鳴らした。きっと今彼は口の端を上げて、笑みを浮かべているのだろう。それみたことか、と。
「あなたには関係のないことです」 船長だということをひけらかすのはやめてください、と続けて、私はようやく振り返った。そこで気づいた。彼との距離。
「なあ、」 ここでわざわざ距離をとるのはなんだか負けた気がして、ちょっと気合いを入れて真っすぐ彼を見上げる。ああ、なんて存在感。彼の前に立つと、私は自分の小ささを全身で感じてしまう。広大で偉大な海よりも、ただ、直接的に感じる。嫌なものではない。むしろ好感をもてるはず、の存在が、いまは何故か少し怖かった。
「俺は船長権限ひけらかすつもりなんてねえよ」 何故ですか、と彼を見上げながら言う。船長としてじゃないのなら、何故私の叶わない恋に口を挟むの。ただの興味本位?それなら尚更性質が悪いわ。 「俺はお前が好きだから、だ」
射抜くような視線が、どこかへ反れた。ガシガシと頭を乱雑に掻いて、照れ隠しなのか顔を歪めて、私を見る。
「好き…?」 好きだ、と繰り返されて、ようやく私は頬を赤く染めた。男の人に、こんなに一心に見つめられたことなどなかった。心が、揺れた。
「…けど、お前はベックが好きなんだろ?」 彼の手が、ゆるりと髪を撫でた。撫でられた場所が熱をもった。揺れている。ずっと一方通行だった私と、同じく一方通行だったお頭。向けられた視線は熱を帯びて、火傷しそう。
「振られたいんですか…?」 不可解だった。私なら、こんな告白できない。副船長に想い人がいるのなら、想いを伝えることなどできない。
「俺とベックの間には、そんな差はねえんじゃないかと思ってな」
そう言って、お頭はにやりと笑って自室の方へ戻ってしまった。
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