海賊の女なんて、絶対ランキングに載らないだろうな


女の子に「将来の夢は?」なんて聞いたとして、答えは無数にあるけれど、その中でも多いもののひとつが「お姫さま」なーんて思わず笑ってしまう。
私にもそんな時期があったかしら、と少しだけ考えてひとつため息。
精々「お花屋さん」とか「ケーキ屋さん」とかはあったかもしれないけれど、「おひめさま」だとか「およめさん」だとか、そういったきらきらふわふわした答えを言ったことはなかったと思う。
昔っから可愛くない女だったのね、と思いつつも、後悔もなにもない。
だって、それが私だもの。
それに、もしも私が「おひめさま」だったとしたら、私の恋人は「おうじさま」になるわけでしょう。


「似合わないわ」
「…なんだ、いきなり」


目の前には、二日酔いで機嫌の悪い男が一人。自室で適当な椅子に座ってぶすっとしている。
馬鹿みたいに飲んで笑って騒いで、そしてその次の日はいっつもこんな感じ。分かってやっているんだから余計性質が悪い。いい加減二日酔い手前で我慢すればいいのに、と思うけれど、そうはいかない。楽しいことにはいつだって全力だから、酒を我慢するなんてこの人は絶対にやらないし、二日酔いなんて気にも留めていない。


「あー…、頭痛ェ…」
「自業自得じゃない」
「それはそうなんだけどよ…。…水」
「はい」


朝に冷蔵庫から取り出して、既に温くなった水を手渡す。
ごくりごくりと喉仏が動き、お頭はコップ一杯の水を飲みほした。
けどその程度で二日酔いがなくなるわけもなく、頭を抱えながらまた小さく唸り声を上げた。


「くっそー…これさえ無ければなァ」
「二日酔いがなかったら、ほんと際限なく飲むじゃない。いい薬よ」
「自分は二日酔いじゃないからって好き勝手言いやがる」


ぶつぶつと愚痴をこぼすそいつを見ながら、もうひとつため息をついた。
いい大人がなにをやっているのやら。昔の自分が今の私の状況を見たらなんて言うだろう。
海賊をやっていて、そこのお頭を恋仲になって、なんだかんだで今の状態には満足しているけれど、小さな子供から見たら“駄目な大人”に見えるのかも。
今さら海賊をやめようとかお頭よりもいい男を探そうなんて思わないし、周りにどう思われようが関係ないけれど、私の目的とか夢とかってなんだっけなあってふと考える。
まあ、ひとつ言えるのは、“二日酔いのお頭の世話を焼くこと”でないのは確かだけれど。


「…で、なにが似合わないんだよ」
「え?」
「さっき言ってたろ。似合わないって」
「ああ…、まあ」


早く答えろよ、とあまり機嫌のよろしくない様子のお頭が催促した。なんだか言いたくないし、どうにかして適当にあしらおうかなあと思って、言い訳を考えた。嘘と言いきれないほど近い“嘘”を言うことが一番疑われにくいって聞いたことがあるけれど、ええと、ああ、もうどうでもいいや。めんどくさい。


「今日の新聞の隅っこにね、女の子の夢ランキングが載ってたのよ」
「フーン」
「ケーキ屋さんとかお嫁さんとかお姫様とか、そういうのばっかりで、私だったらそんな可愛らしい夢もたないなーって思ったの」
「あァ、それで似合わないって言ったのか」


確かにな、とお頭は呟いた。
本当はお頭=王子様なんて構図が似合わないって思ったのだけれど。そんなこと言えないので、何も言わない。


「お前はそういう柄じゃねェな」
「…そーね。私は可愛い女の子じゃないし、きっと今日みたいに二日酔いのお頭の世話をしながら一生過ごすんだわ」


半ば投げやりにそんなことを言った。
いや似合うだろ、と言ってもらえるとは全く思っていなかったけれど、全肯定されると少し苛立つ。むっとして頬を膨らましてそっぽ向いていると、お頭は小さく口を開いた。


「俺ァ、ただ守ってもらいたいだけの女より、必死で努力して男の隣に立とうとする女のほうが好きだけどな」


誰とは言わねェが、とお頭は付け足した。
反則だ。そんな言い方されたら機嫌悪くなれない。お頭に当たれない。舞い上がってしまう。こんなのただのご機嫌取りで、その場しのぎの言葉なのに、ばかみたいだ。


「…一般的に、そういう女はモテないわ」
「俺が一般外だったとして、お前になんの不都合があるんだ」
「ない、けど、」


その後の言葉が見つからなかった。
皮肉も強がりも言い訳もなにも言えなくなって、唇を噛んだ。少し温くなった水入りボトルを転がしてみる。
抱えた両足に顔をうずめながら、ぼそりと呟いた。


「…口がさみしい、かも」
「ん」


ずっとどこか遠くを見つめていたお頭がこちらを向いた。床に座り込んでいた私の顔を捕まえて、貪るように唇を重ねる。触れて吸われて音を鳴らして身体をくっつけて。
決して綺麗じゃないキスをくりかえした。


「お前が何目指そうがなんだろうがどうでもいいが、嫁にはしてやるから安心しとけ」



お姫さまにはなれないけど。
(それでもこの人の隣にいるのが一番心地よいって分かってるから、それでいいって思った)



2011.10.29 三笠