私は、自分でも知らなかったことだが、ことレンアイとかいうものに対しては、臆病である、らしい。 一軒の酒屋で、私よりも十年は子供だろう少年と、私の想い人である赤髪のシャンクス(私は御頭と呼んでいるけど)が話している。 それに割って入ることは出来ないにしろ、せめてもっとなにか、接触を図ることができる位置に座るとか、それがまあ、100歩譲って出来なかったにしても、姿を見ることが出来る位置に座れば良いのに。 なんでよりにもよって、店の奥にいる御頭と真逆である店の入り口になんか――― ―――なんて、後悔しても遅いのだけれど。 「なんだ、さっきから飲んでねェじゃねえか!」 「お前小っせえんだから、もっと飲んで食って楽しまねェと育たないぞ!」 「う、煩いな! 私は平均なの!化け物みたいなアンタたちと一緒にしないでよ!」 「ぶっ、あっはっは! 化け物みてェか!そりゃあ、御頭がそうだからなァ、仕方ねェ!!」 なにが可笑しいのか、爆笑して転げまわっている。 他の人たちも、飲めや歌えや踊れや、もう何でもありの馬鹿騒ぎだ。 まだまだ夕方にもなってないのに、なんていう集団だこれは。 久しぶりに拠点に戻ってきたから嬉しいのは分かるけど。 ―――間違えた。いつもこんな感じだ、うちの船は。 「…たまには静かに飲みたい」 それを叶えるためには、船を降りるしか方法は無いだろうけれど。 そう考えていた頃、ガタリと音が立って、顔を上げると目の前に副船長がいた。 さっきのガタリという音はどうやら、お酒となんだか美味しそうな料理が乗ったお皿を置いた音らしくて、私の視線の先で副船長椅子を引いて椅子に座った。 「え、え?」 「よう、御頭からの差し入れだ。ちゃんと食えってよ」 「はい? いえあの、なんで」 「なんでって、お前今朝から何も食ってないだろ。見張り番で食いっぱぐれて」 そういえば、確かにその通りだ。 別に、1食くらい食べなくても平気だけど、御頭と副船長の手前、食べなくてはと、目の前の食事に目を向ける。 湯気が立ち、美味しそうな炒飯だ。 「…ええと、ありがとうございます」 「ついでに、ちゃんと食い終わるまで見張ってろって命令だ。他の奴等に横取りされねェようにって」 「そんなに間抜けじゃありませんよ!」 一緒に持ってきてくれたスプーンを手に持ち、目の前のそれを口に運ぶ。 ぱらぱらとして濃い目の味付けのそれは、きっと誰でも美味しいと感じるもので、こういうものが作れるヒトこそ、家庭的で良いとされるんだろうなあ、なんて思った。 …嫌だな、さっきから僻んでばっかりだ。 「副船長」 「なんだ、美味いか?」 「美味しいですよ。美味しいんですけど、そうじゃなくてですね」 もぐもぐと口を動かして、一度ごくりと飲み込む。 そして、先ほどまで飲んでいたレモンサワーを一気に飲み干した。 「副船長も、女はこのくらい作れないと駄目だとか思いますか」 「…はァ?」 副船長が呆けている間に、また炒飯を口に運ぶ。 ああもう、やっぱり美味しい。 「…お前、まさかとは思うが、マキノさんにヤキモチ妬いてんのか?」 「………」 不自然に間が開いて。 呆れたようにこちらに視線を向ける副船長。 それは分かっているんだけど、視線を合わせられなくて、もう一口、炒飯を口に運んだ。 「…ち、違いますよ」 「………お前なァ…」 副船長にはとっくに私の馬鹿な恋心なんてバレてるに決まっている。 非常に分かりやすくうろたえる私に向かって、副船長はため息をついた。 「マキノさんは御頭のことなんてただの海賊船の船長としか思ってねェよ」 「…知ってますよ。もしくは、ただの面白くていい人」 「そんで、御頭はマキノさんのことをただの酒屋の店主としか思ってねェ。なんでそんなに焦る必要があるんだ」 副船長の指摘は当然のことなんだけど、そんなこと言われても残念ながら私は安心できない。 もしも、もしも御頭が私のことを好きだと言ってくれたとしても、きっと一生安心なんてできないだろう。 「マキノさんは美人ですし」 「お前、御頭は見かけなんかで人を判断するような器の小せェやつだとでも思ってんのか?」 「マキノさんは美人だけじゃなくて、中身だって素敵じゃないですか。優しくて、料理とか家事とか、いろんなことが出来て、」 どうして私とこんなにも違うのだろう。 そんなことを考えても仕方が無いのだけど、つい比べてしまう。 女性らしいあの人と、女性としてはきっといまひとつ、の私と。 「お前は、御頭とマキノさんをくっつけたいのか?」 「違います!」 はあと、副船長は深いため息をついた。 別に御頭とマキノさんにどうこうなってほしいなんて微塵も考えていない。けど、女の私にとっても素敵な女性なんだから、男にとってもそりゃあもう魅力的な方なんだろうなあ、って。そう考え始めたらとまらなくなる。 此処を拠点にしているのだって、マキノさんがいるからじゃないの。 そう考えたことだって何度もあった。けどそんなこと一々考えてたらキリがないし、悩むだけムダだと思って、考えるのを止める振りばかりしてきた。 「でも。御頭は、美人で料理もできて、いろいろソツなくこなしちゃう人が好きなんじゃないんですか」 お酒が入っているからだろうか。そんな言葉がすんなりと吐き出された。 今まで誰にも言えなかった不安。自分じゃ駄目なんだろうってなんの根拠もなく、なんの理由もなく、思っていた。ううん、今も思ってる。 「…まったく。そう思うんなら自分で確かめてくればいいだろ」 「自分で? 御頭に告白しろって言うんですか」 「そこまでは言ってねェが、まあ似たようなもんだな」 副船長は、吸っていた煙草を灰皿に擦り付ける。 そんな姿を睨むように見つめながら、喧騒の先に一瞬だけ御頭の姿が見えた。 マキノさんや、ルフィとかいう小さな少年と一緒に楽しそうに話してる。 あの隣で私も笑ってみたい、と思う。 一度でいいから、緊張せずに、女らしく、御頭の隣りに立ってみたい。 一緒に笑い合いたい。他愛のない話をなんの気兼ねもせずにしてみたい。 「遠くから見てるだけじゃ、何も掴めないぞ」 新しい煙草に火をつけながら、副船長はそう言った。 だから私はこう返した。 「でも、近づかなければこの関係が壊れることはありませんよ」 嗚呼。なんて憐れな臆病者。そうやって詩的に叙情的に笑い飛ばしてくれればいい。だって、私は今の状態から抜け出す勇気なんて持ち合わせていないんだから。 海賊や海軍や、その他諸々の敵に立ち向かう勇気はある。 今の生活を守るために、他の誰かと戦って命を懸ける勇気はもっているのに。 御頭と、ううん、好きな人と、他愛無い会話をする勇気なんて欠片も持っていないんだ。 「自分で壊す前に、誰かに壊されちまう可能性を考えたことはねェのか?」 「あります。だから不安なんです」 副船長相手にならこんなにもすらすらと言葉が出てくるのに。 御頭を目の前にしたら、思った言葉の10分の1も出てくることはないだろう。 「けど、御頭に近づく勇気もないんです」 どうしようもないでしょう?どう言ったら、副船長は煙草の煙を深く長く吐き出した。 煙は、上へ上へと登って自然と消えていく。 私の不安は、生まれてからずっと私の中で消えもせずにずっと増殖して燻っている。 ああでも。彼に近づく勇気がいつか生まれるとは思えないのだ。 私の中には不安ばかりが増殖して、いつしか恋心すら覆ってしまいそう。 そんな日が来るんじゃないかって、そしてまた不安がうまれる。 近づくのも触れるのも、ただ、こわい (彼と話す勇気をください) 2010.08.19 三笠 |