白い世界で、君とふたりきり
手がかじかむ。
握って開いてを何度か繰り返してみるけど、かじかんだ手の違和感は消えない。ふうと吐き出した吐息は白かった。


「どうした?」
「ん、なんでも」


隣を歩いていたシャンクスが声をかけてくれたけど、首を振って視線を逸らす。船まではまだ距離がある。この寒い中、雪しか見えない道を走るでもなくだらだらと歩いているのは、多分隣にいるのがシャンクスだから。他のクルーなら走り出してるかもしれない。夜には宴が始まるだろうし、こんな場所をだらだら歩くよりかは温かい船の中で酒や食事を用意するほうが得だろう。
けどそうしないのは、シャンクスと二人きりの時間を私が欲しているからで。きっとシャンクスも同じ気持ちだろうと、自惚れてみる。ふうふうと白い息を吐き出してみた。ああ、寒い。


「寒いか?」
「ちょっと」


しかし会話は短い。それは別に構わないのだ。いつも他愛ない話をして、時々、少しだけ触れてみて。そんな感じが私たちだから。それはそれで満足しているけど、でも少しだけ欲を言ってみるとしたら、シャンクスと手を繋いでみたいなあってことで。片腕しかないシャンクスの腕には既に、先ほど買ってきた酒瓶が2本抱えられている。普段はそんなに思わないけど、もしもこういうときシャンクスに両腕があれば、もしかしたら手を繋げたのかなって思う。ああ、ああ、後悔なんてしてない。むしろ満足しているであろうシャンクスにこんなこと言えない。言っちゃいけない。背中に背負ったリュックが、ずしりと重く感じた。


「なあ、」
「なに?」
「そのリュック貸してくれ」
「え?」


急に言われた言葉に、首を傾げる。ああもう、どういうことなの。相変わらずシャンクスの言う言葉にはよくわからないものが多い。けど、大抵のことは理由さえ分かれば、まっすぐで納得できる考えだから、私はすぐにリュックを背中から下ろした。中に入った酒瓶が重たい。


「ちょっと待って。これ出すから」
「ん、あー、いい。これ、入るか?」
「え?なに?シャンクスが全部持つ気なの?」


そう言うと、シャンクスは顔を歪めて笑った。もしかして、さっきからの私の態度を、私が疲れてるとでも思ったのだろうか。いやそんな、ばかな。普段戦闘員でもある私が、この程度の荷物でへばったと思われるわけがない。ああでも、たまにこの人は抜けているから、まさかまさかまさか。


「このくらい持てるよ。シャンクスのも全部任せてくれてもいいくらい」
「いや、俺が持つ。あ、これは入りそうにないな。悪いが、1本だけ持ってくれ」
「えっ、ちょっと…、シャンクス…?」


4本買ったうちの1本を手渡され、シャンクスは素早く酒瓶が3本も入ったリュックを背中に背負った。そしてそのまま歩きだしてしまったから、私も着いていくしかない。


「シャンクス…?」
「左手」
「え、」


左手、とシャンクスはもう一度言った。もしかして私の左手になにかあるのか。慌てて見てみるけど、いつも通り変わらない。また首を傾げてシャンクスを見上げると、シャンクスは目を逸らした。なんだこの反応。


「…手がかじかんで冷てェから、左手貸してくれ」
「…えっ?」


思わず、シャンクスを見上げて顔をじろじろと見てしまった。なにこれ、どういうことなの。手を貸せって、手を繋ぎたいってこと?……いやまさかそんな。大体、私の手だって冷たいし。逆にシャンクスの手が冷えちゃうし。
私は、左手をポケットに入れて指を動かした。冷たい。固い。これじゃあがっかりさせちゃうもん、絶対だめ。


「あ、えっと…、私の手、冷たいし」
「気にしない」
「余計冷えちゃうよ。だめ」
「…お前なァ、」


はあと深くため息をついた後、シャンクスは私のポケットに手を突っ込んできた。ぎゃっと、声を上げて逃げようとしたけど、既に握られた手は離れそうにない。同じように冷たい、けど大きくて固い手が、私の手に絡まった。


「シャ、シャンクス、な、に、なに、すんの」
「…ほんとに冷たいな」


質問には答えず、シャンクスは握った手をポケットから出し、少し屈んで口元に近づけた。はあ、と熱い息が手にかかり、一気に顔に熱が集まった。熱がかかるたび、手がむずむずする。私の息も熱っぽくなる。恥ずかしくてむず痒くて、ぎゅっと目を閉じた。


「な、なに」
「何じゃない。手ェ温めてやってんだろ」
「そうじゃ、なくて」


なんで、と言うと、シャンクスは、ああと呟いて私の手を掴んだまま自分のコートのポケットに手を入れた。毛糸の温もりがゆっくりと手を温めていく。


「手、繋ぎたかったから」
「え、」
「聞き返すなよ。寒かったんだ、仕方ない」


そう言うシャンクスの言葉が少しだけ早足で。見上げた顔は朱を帯びていた。それを見て、ふと込み上げてきたものは愛しさ。ああ幸せだなあ、なんて。寒くて凍てつく空気がちょっとだけ好きになった。






私も同じ気持ちだよ。

(そう伝えたときの、シャンクスの笑顔が優しかった)




2010.11.19 三笠