弔いの後に


戦いは終わった。


船に戻ってきたシャンクスは、静かに自室へと戻ってくる。
ベッドの上に座り込んでいた私の前にゆらりと向き合って、ベッドに膝をつき、そっと片腕を私の背中にまわした。


「…悪い。ちょっとだけ、頼む」
「ん。…いいよ」


そう答えたものの、シャンクスは答えなんて待っていなかった。
強く、けれど優しく、私を抱きしめた。
顔を肩に埋め、なにかを堪えるように、私に凭れかかる。

私も、そっとシャンクスの背中に手を伸ばし、強く抱きしめた。
シャンクスの全てを受け止めて、船長としてのシャンクスを支えたいといつも思っている。だからこそ、彼のためになることならなんだってやりたい。シャンクスがシャンクスとして、偉大な四皇の一人として君臨していられるように。彼の弱い部分はすべて私が受け止めたい。


「ねえ、シャンクス」
「…ん」


返事のつもりなのか、首元にすり寄って肌と彼の頬を擦り合わせる。
若干のくすぐったさもあって、少し身じろぎしながらも、もう一度口を開く。
少しだけ、気恥しい部分もあって、そっとシャンクスの肩に顔を寄せた。


「今日、一緒に寝てもいい?」


いつも同じベッドで寝ているけれど、そう聞きたかった。
もしかしたら今日は部屋に戻ってこないかもしれないから。確実な約束をしたかった。今日だけは、ずっとシャンクスの傍にいたかった。


「…いつも寝てんじゃねェか」
「ダメなの?」


呆れたような言い方だけど、声色は少し嬉しそうだった。
言葉の後にそっと抱き直され、さっきのようなしがみつくと抱きつくの間みたいな抱き方じゃなくて、優しくちょっと緩めな抱き方に変わった。
少しだけ、立ち直ってくれたかな、なんて思ったら凄く嬉しくなった。


「いや、構わねェ。一緒に寝よう」


シャンクスは漸く顔を上げて、私の耳に口づけた。
ちゅ、と音を鳴らして、舌を這わしてくる。
くすぐったくて、ちょっと首を振って顔を背ける。
その様子を見て、シャンクスが優しく笑い声を上げて、抱きしめていた腕で
そっと私の髪を撫でた。


「…ありがとな」
「なにもしてないわよ、私は」


私を捕える身体からふっと力が抜かれるのを確認して、私もしがみついた指を緩めた。
先ほどよりも緩んだ腕が、優しく私を包み込む。
雰囲気はいつもの柔らかで捉えどころのない、彼独特のものに戻って。
ようやく私は安心して彼の胸に顔を寄せた。


「怖いんだ」


そんなときにシャンクスが呟いたのは、いつもの彼らしくない、弱気な言葉だった。
私の耳元で、そっと、小さな小さな声で、そう言った。


「お前がいなくなるのが、怖い」
「私は此処にいるわよ」
「今はな。でも、この先どうなるかわからねェ」


撫でる手が止まって、そのまま後頭部にまわされて。
シャンクスは自分の胸に、私の頭を強く押し付けた。
呼吸をするのがやっとで、喋るのも覚束ないくらいに、強く。けれど優しく。


「自分でも狂ってると思う。お前じゃなくて良かったって思ってるんだ。死んだのがお前じゃなくて、良かったって」


初めて聴いた。
こんな、余裕のない、シャンクスの声。
堪えていたものが、ぽつりぽつりと溢れだすような。
溢れだしたらとまらなくて、ぼろぼろと流れだしてきたような。
あの大らかで偉大な彼がこんな側面をもってることに、私は少なからず驚いていた。


「仲間が死んだのに、少し安心してたんだ。おかしいだろ。なァ、俺はどうしちまったんだと思う」
「、」


口を開いた。
けど、なにも言えなかった。言う言葉が見つからなかった。

だって。
シャンクスは慰めて欲しいなんて思ってないから。
答えなんて求めてないから。


「怖いんだ。いつか、お前のために誰かを犠牲にするんじゃねェかって」


まるで許しを請うように、ゆっくりと、彼は首を私の肩に乗せた。
頭を下げて、そっと私を抱きしめる。


「怖いんだ」


最後にぽつりとそう言って、それから暫くなにも口に出さなかった。
私も、なにも言わなかった。

彼の言葉を受け入れてはいけないから。それを許したら、私は他のみんなと対等でいられなくなってしまうから。







彼は強いのに。この世界でもすごくすごく強くて有名なのに。

強いくせに、愛しい女のこととなると臆病で。
その臆病さが自分自身さえも傷つける。





脆弱な心が牙を剥く。



(すべてを同じように愛するなんてできないんだよ。愛することと好きになることが違うように、みんなそれぞれ、その時々で、違う感情をもってるんだよ。大切なものは、みんなそれぞれちがうんだから)





2010 5 5 三笠