いうら

「あっ、なあなあ石川! これ宮村が好きだって言ってたやつじゃね!?」

少し大きめの声が耳に届いた。
あっと思わず声が出て、その声の方向を見る。
緑の髪と片桐高校の制服。既に覚えてしまった顔がそこにいた。

あの、よく来てくださいますよね?わたしも片桐なんで、目に付いて…

自分がそんなふうに声をかけてみているところを想像した。
いやちょっと待て。ごめんむり、ちょっとあの…そんな勇気ない。
ふうと小さくため息をついて、レジの中の消耗品を補充しに裏に行く。
レジ袋、テープ、あっそろそろおでんの交換しなきゃ、肉まんはあと1時間あるから次のシフトの人だろうなあ、とそこまで考えてレジに戻る。
よく見るその人が、よく見るその人の友人と騒いでいて、ああ話してみたいなあ、とぼんやり考える。

「いらっしゃいませー」

来店のベルが鳴って、軽いお辞儀と一緒に挨拶をする。
と同時にお買い上げのお客様が来て、お辞儀をしてからレジ打ちをしていく。
ピ、ピ、とスキャンして、金額を読み上げて、袋に入れてお金を受け取る。

レシートと商品をお渡しして、ありがとうございました、とお辞儀をして、はいおしまい。
ふう。息をついてまた前を向く、と。

「おねがいしまーす」
「! い、いらっしゃいませ」

どきり。心臓が跳ね上がった。
いきなり目の前に緑のあの人がいて、お菓子が2つレジの前に置かれていた。
あ、これわたしも好きなやつだ。そんな偶然がすごく嬉しい。
スキャンしながら金額を読み上げる。「156円が1点、360円が1点で、合計が…」声がひっくり返りそうなのをどうにか抑えながら、冷静を装って商品を袋に入れる。

「516円かー。石川ー、5円ない?」
「あーあるある。ちょっと待って、財布財布…っと」

受け取りやすいように袋の持ち手をお客様側にして、よし、とそっと緑の人のほうを向く。お金は用意できたかな、と思って見ると、視線が合って、びっくりして逸らしそうになった。

「はい、5円」
「おー、さんきゅー。はい、おねーさん」
「へっ…? あ、はい!」

握り締めた手をこちらに向けられて、一瞬呆けたけど、あわてて両手を出す。
私の手に、握られていたお金がばらばらと落ちていく。
516円丁度あって、レジへと入れる。

「ごっ、516円、ちょうど、お預かりします」

チン、とレジが音を出して、ジジ、とレシートが出てくる。
その間に緑のその人が袋を手に持つ。
私はレシートを切り取って、両手でお渡しする。
その両手が少し震えていたのは気づかれていないといいけど、たぶん気づかれてる。

「レシート、です」
「どもー」

レシートをお渡しして、あとはお礼だけ、とお辞儀の体制に入る。

「あっ、ありがとうございましたっ」

上ずった声は気づかれたかな。
変に思われてないといいなあと思う。
確認する術はないし、知り合いでもない。気にしなければいいのに、ああもうはずかしい、はずかしい。
顔が赤いかもしれない。手が汗ばんでるのに気づいて、はあと深く息をついた。

「新人かな」
「レジのおねーさん? や、見たことある気がするから違うと思う」
「ふーん、井浦よく覚えてんなー」

出て行くときの会話が聞こえて、新人と間違われたことにちょっとショックを受けた。
でもその後、私を覚えてくれていたことがわかって、一気に上昇したんだから我ながら単純だと思う。

名前はたぶん、イウラさん。
よし、覚えた。いうらさんいうらさん。

また会えますように。
そう考えた後に、もうひとつ。
今度はどぎまぎせずにいられますように。

そう祈りながら、商品補充に向かった。



店員Aとその客B



2012.12.29