ビリッ 紙が破れる音がして、その直後に腕の中の紙袋の中身が一気に軽くなった。 そしてドサドサと足の上に紙袋の中身――大量の漫画が落ちた。 いったあああああ、と叫ぶのは心の中だけで、現実には「痛った」と小さくつぶやいただけだった。 あーあ、やっぱり破けた。ため息をつきながら、落ちた漫画を拾う。 でも、他に袋を持っていなくて、15冊ほどの漫画を抱えて帰るしかなくなった。 「あれ、大丈夫?」 「えっ」 後ろから声をかけられて、ああこんな情けない姿を人に見られるなんてと慌てて本をかき集める。 有難いけどスルーしてくれたほうがよっぽど恥ずかしくなかったかもしれないと思いながら、振り返る。コンビニバイトで身についた営業用笑顔をどうにか浮かべながら。 「だ、大丈夫です、すみません、すぐ片付けますから」 「あー、袋破れちゃったんだー。俺今袋もってたっけな」 あれ、うそ。 目を疑った。だって今目の前でかばんの中を漁ってるその人は、私のバイト先のコンビニの常連さんの、緑のあの人だったから。ええと、確か名前は、い…いむら…?いや、ちがう、ええといむ…い、い、いうら、そう、いうらさんだ。 「あー、今ちっちゃいやつしか持ってないや。これで良かったら入れる?」 コンビニの一番小さい袋を手渡されて、受け取っていいものか悩む。 いうらさんも気づいたのか、そうだよなーとつぶやきながら鞄にしまった。 「このサイズの袋じゃどうしようもないよなー。家近い?良かったら半分もつけど」 「えっ」 それはもちろんものすごく有難い申し出ではありますけれども。 家は近いかといわれたら、微妙なラインで、徒歩で10分くらいなので近いとは言いにくい。 「……………」 思わず黙ってしまって、でも脳内ではぐるぐるといろんなことが巡っていた。 いうらさんに制服姿で会うのは初めて(遠くから見たことは何度かあるけど)で、きっとコンビニ店員だなんて気づいてないし、こんなところで本ぶちまけて恥ずかしいやら情けないやら脳内は大パニックだ。 「あ、ごめん。急に知らないやつに言われても困るよな」 「いやっ、そ、そうではなく! あ、あの、い、イウラさん、ですよね…?」 「えっ? え、ちょっと待って。どっかで会ってる? もしかして3年?」 「に、2年、です。ああいえそうでなくて、わたし、その、駅近くのコンビニでバイトしてて、そこで」 「あー、俺よく行ってる。それで−−−、ってちょっと待って。なんか知ってるかも」 顔を覗き込まれて、顔がぼっと熱を持つけど、恥はもうかきまくってる。気にするだけ損だ。 慌てて、バイト中みたく髪を上のほうに上げてみる。 すると、あ!とイウラさんが声を上げた。どうやら思い出してくれたようだ。 「そーだ、知ってる知ってる。じゃあ家もあっち?」 「は、はい」 「じゃあ歩きながら話そ。俺もあっちだから」 足元に散らばっていた本を井浦さんが屈んで集めだすから、私も慌てて自分の分を確保する。そして、ゆっくり歩き始める井浦さんの隣を歩き出した。 「あの」 「なに?」 「困ってる子がいたら、だ、誰にでもこーやって声かけられる人なんですか」 そう聞いたら、うーんと井浦さんは唸った。 「いや、そもそもそんなに出会わないし。今日声かけられたのは、桐高の制服だったのと、この本のおかげかなー。俺もこの本好きなんだよね」 「え、これですか?」 「うん。これ」 まだ読んでないです、と言ったら、まじで!?超おすすめだよ!と言われた。 あなたのおすすめならしっかりばっちり隅々までちゃんと読みますね、と心の中で言っておいたけど、本人目の前にしてさすがに口には出せない。 「じゃあ期待して読みます」 「おー、読んで読んで。そんでぜひ今度感想きかせて!」 にこにこと話すイウラさんは、楽しそうで、ああ、いいなあと思った。 イウラさんが話しかけてくれるきっかけとなってくれた時点で、今手に持ってる漫画には感謝の言葉もないくらいだけど、イウラさんの好きなものなら私も好きになりたいな、とふとおもった。 ああなに考えているんだろう、わたし。こんな、恋みたいなこと。 「あのう、先輩って、」 「えっ、せ、先輩って井浦のこと…?」 「そ、そうですけども…、ほ、他にいませんし…。あの、井浦先輩、」 「うわあああ初めて先輩って呼ばれたかもしれない。なんかテンション上がるね!!」 「…そうですか?」 こちらが驚くくらい嬉しそうで、そのテンションの高ぶりを見ていると、逆に先輩と呼ぶのが躊躇われた。 先輩って呼ばれ慣れていないってことは、部活とかはやってないのかなーと思った。私もやってないから、後輩も先輩もいない。先輩と呼ぶ人は高校に入って初めてだ。 「あ、そうだ、名前。名前きいてなかった。俺は、井浦秀。君は?」 期待していいのかな。ふとそんなことが過ぎった。 名前を聞いたってことは、今日限りではおわらないって考えていいのだろうか。 井浦秀先輩、いうらしゅう、せんぱい。 井浦先輩の名前を頭に叩き込みながら、上ずった声にならないように気をつけながら口を開いた。 「です」 「さんね、おっけー、覚える」 さんさん、とつぶやく井浦先輩を見て、ぎゅうと心臓が縮こまったような気がした。 始まったと、つながったと考えていいのだろうか。 さあ今幕が上がり、 「今度会ったとき、よかったらメアド交換してよ」何気なく言う井浦先輩の誘いを断れるはずもなく、わたしはやっとの思いで頷いた。 時折見せる笑顔がまぶしくて、びっくりするくらい心臓が高鳴って、これは恋なんじゃないかって、別れた後で気がついた。 2012.12.29 |