告白されて随分経つけれど、私はどうして自分が選ばれたのか全く分からないでいた。 私より誰かのほうが優れている部分が多すぎて、好きだってキモチすら自分より誰かの方がって、思う日もある。 私は私が好きになりきれないけど、謙也さんはどうして私が好きなんだろう。けど、好きなところなんて訊くのは照れくさくて。どうにも捻じ曲がった質問を口にした。 「私の嫌いなとこってどこ?」 いきなり何言い出すんやと、そう言うと思った。 けど、目の前の忍足謙也くんは、少しも悩まずに「自分のことに無頓着なとこ」と即答した。 口から白い息が溢れた。自分たち以外には誰もいない公園で、寒さに震えながらミルクコーヒーを啜るなんて、自分でも気が狂ってると思う。 「え」 「自分、他の奴等の誕生日はみーんな祝っとんのに、自分の誕生日はなんもせえへんくて。だーれも知らんで、だれにも言わんで、いつのまにか過ぎ取ったこと、今でもショックやねん」 訊かなかった俺もあかんかったけど、と続けた。謙也さんは思い出したのか、少し眉を顰めた。どうやら、思い出して苛立っているようだった。 女友達は何人か祝ってくれたけど、そういえば部活のメンバーは誰も知らなかったようで、その日は何もなく過ぎていた。その数日後の白石くんの誕生日をお祝いした日に白石くんから「そういえば誕生日いつなん?」って訊かれて、答えたときにはみんな絶句していた。そして「言ってや。祝えんかったやん」と残念そうに言ってくれた。 確か謙也さんは何も言えずに隅で立ち尽くしていた。それを見て自分のやってしまったことの重大さに気付いたのだった。 「もっと我侭言ってええんや。俺ら何年の付き合いやねん。しかも友達やないんやで。彼氏彼女やん。もっと頼ってや。もっと甘えてや。もっと俺に手伝わさせてや。俺のキモチ、全部すかされてる気がするわ」 そう言って、謙也さんは温かいコーヒーを持って温まった手を私の頬に触れさせた。冷え切った顔が少し熱を持つ。 「自分、ちゃんとわかってるん?」 「なにが」 謙也さんは小さく息をついた。そんなことやろうと思った、とかって思っているはずだ。 信じられないわけじゃない。不器用で真っ直ぐな彼だから、言葉に嘘偽りはないことくらい、とっくに分かってる。けど、今好きでも、今後どうなるかはわからないのだ。安心なんてできないし、のめりこむのも怖い。 「俺、お前のことめっちゃ好きやねんで。俺が好きなお前のこと、ちゃんと大切にしてほしいわ」 頬に当てた手を滑らせて、そっと肩に手が伸びた。そして優しく引き寄せられて、少しだけ肩に寄りかかる。 ああ、やさしいな、って。好きだなって、思った。 「その、必要はないと思う」 口を出たのはそんな言葉だ。 謙也さんが首を傾げる気配がした。 「私以上に私のこと大切にしてくれる謙也さんがいるから、私が自分を大切にする必要ないと思う」 一瞬、息を呑む音がした。あ、と思った。顔を上げると、謙也さんが少し顔を赤らめていた。明らかに動揺していて、視線が合って逸らされて、ああ可愛いって思った。かわいいなんて言ったら怒るだろうけど、でも素直にかわいいって思った。 「私も、謙也さんのこと大切にしたいもん。大切にできる隙を残しておいてほしい」 「…なんやのん、今日は随分甘ったれたこと言うんやね」 照れ隠しのつもりか顔を背けて、少し低い声でそんな返事が来た。 顔を見られないのはちょっとだけ不満だ。でも、態度と声で分かる。 「甘えてほしいって言ったの誰だっけ」 「………俺や。けど、自分変化球にもほどがあるで」 「嫌なの?」 「い、嫌やない!」 かわいい、と声になるかならないかくらい小さく小さく耳に届いた。 謙也さんのほうがよっぽどかわいいよ、なんて。思ったけど口にしないでおいた。 恋してもらえること。 (謙也さんが好きな私なら、少しは好きになれる気がした。) 2012.3.1 三笠 |