「すいません、千歳くんいます?」 テニス部の門を開くと、まあ当然ながらテニスコート。 一通り見渡したけれども、お目当ての人間が見当たらない。さぼりかなあと納得して、でも一応訊いておこうと思って近くにいた人に話しかけてみた。 その人は驚いたようにこちらを振り返った。 「いや、まだ来とらんで。自分、千歳に用あるん?」 「あ、はい。でも来てないんですね。どこ行っちゃったんだろ」 そもそも今日学校におらんかもなあ、なんてその人は言った。 よくよく見ると、やたらと整った顔してるその人は、確か何度か千歳くんと一緒にいるところを見たことがある。 銀色の髪、射るような鋭い視線。かっこいいよりも美形って感じだなあと思っていた。(今度遠くから観賞したいなあ) 「わかりました。ありがとうございます」 「来たらなんか伝えとく?」 「いえ、メアド知ってるし。メールで伝えときます」 「スマンなァ、あいつ自由だから」 「いえいえそんな。じゃあ、これで失礼します」 「おお。またおいで」 ありがとうございます、とまたお礼を言って、門を出た。 またおいでなんて言ってくれたけど、この中学に入学して2年とちょっと。2年間1度も来なかったんだから、しばらく来ないだろうなあなんて漠然と思っていた。 しかし、実際は次の日もまたその次の日もこの門をくぐることになった。 「すみませーん」 「おお、今日もかいな」 「あはは、すいません。千歳くんいます?」 「ついさっきまで居たんやけどなァ。さっきオサムちゃんに呼ばれてちょっとおらんねん。すぐ戻ってくると思うで、ちょう待っとって」 「あ、そうなんですね。じゃあ待たせてもらいます」 すっかり顔見知りになってしまった、テニス部部長の白石くん。クラスが違うので知らなかったけど、女子の中ではイケメンで性格も良いと人気らしい。ただ、口癖が「絶頂」らしく、それだけどうにかしてほしいとか、それでも好きだとか、そんな言葉を聞いた。 彼に促されて隅のベンチに座って、テニス部の活動を眺めてみる。 「ちゃんは、まーた千歳待ちなん?」 「あいつホンマ自由やなあ。探されとるん知らんのか」 「金色くん、一氏くん」 試合形式での練習が終わったようで、2人が目の前を通った。 この数日の間でどうやら私のことは部員に知れ渡ってしまったようで、名前だけではなく妙な噂も流れているようだ。 「ねえねえ、ホンマんこと教えてや。ちゃんって千歳とどーいう関係なん?」 「いやあ、担任に「どうにかプリント届けてくれや」って頼まれるだけですよ。私も昔九州にいたので千歳くんの言葉分かるし」 「ホンマにそれだけなん?」 「ホンマにそれだけですよ」 そこまで言うと、なにやら訝しげな視線を向けつつ、二人は練習に戻っていった。 「お、なんばしとっと?」 「あ、千歳くん。よーやく来たね」 「なんや千歳。女の子待たせて罪なオトコやの」 先ほど私が入ってきた木製の門が開いて、千歳くんと監督の渡邊先生が入ってきた。 2人とも、これが監督と生徒かって感じの雰囲気だ。赤みがかった髪に銜え煙草の監督と、高すぎる身長に癖っ毛と鉄下駄の生徒。千歳くんがジャージじゃなかったらヤンキーかと思うかもしれない。 「今まで休んだ分のプリントとノートのコピー。それに秋谷先生から伝言で「おまえが可哀相ならちっとは真面目に授業でろや」だって」 「不真面目にしちょったら、またが届けてくれるってことったいね」 「そういうことだね」 「さよか。ならがんばらにゃあでもよかね」 くつくつと笑いながら、千歳くんはノートを受け取った。 ここに誰か突っ込み担当がいたなら、なんでやねん、と突っ込んでくれただろうか。いや、でも千歳くんはいつだってマイペースで、こんなマイペースすぎる言葉はしょっちゅうだ。いちいち突っ込んでも体力の無駄遣いだろう。 「もし私に彼氏ができたらもう届けないよ」 「よかよ。そんで俺んことなんか忘れて新しい男と仲良うすりゃあよかね」 「ああ、そう」 「…期待されてもなんも返せんけ、」 「してない。…橘くんだっけ。テニス始めたらしいし、全国で戦えるといーね」 まあそれまではなるべく協力しますよ、と。いつもの笑顔を浮かべて言ったつもり。 千歳くんは、気付いていながら気付いていない振りをしてくれた。 未練なんてないけれど、あの時感じたキモチが時折顔を出してくる。きっと千歳くんも同じだ。だから、離れすぎない位置をずっと保ち続けてしまっている。 「だんだんなぁ」 「こっちこそ、だんだんです」 付き合っていたのはたったの2ヶ月だけ。 友達に戻るのはそんなに難しくなかった。 2012.3.2 三笠(だんだんはありがとうの意味) |