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部活が終わって帰ろうとした頃、教室に忘れ物していることに気がついた。なんやツイてへんなあ、とは思ったが、まあちょっと走れば行って帰って来るくらい一瞬や。しゃーないかと鞄を担ぎながら足を速めた。
1組の前を通ったとき、ふと足を止めてしまった。ほかに誰もいない教室で、が窓の外を眺めていたからだ。


「なんか見えるん?」


つい口が動いてしまった。しまった、と思ったのは、振り返ったその顔がなんだか寂しげだったからだ。俺にもっと空気を読むスキルが備わっていたら、こんな明らかになにかあったような女子に話しかけることは無かったと思う。


「えっと、テニス部の、」
「忍足謙也。自分はやろ?よろしゅう」
「よろしく」


そんなテンプレート的な会話をして、俺はちょっと戸惑いながら1組に足を踏み入れた。ここでずっと話すのもなんかおかしいやろ、って俺は笑い以外に使ったことのほぼない、空気読むスキルを全力で駆使しながら口を開いていた。そこまですることないやんとは思ったけど。


「ここからちょっとだけテニス部が見えるんだよ」
「ほー。あ、確かにほんのちょっとやな」
「授業中に千歳くんが空以外を見ているときがあって、なに見てるのかなーと思ってたら、テニスコートだったみたいで」


やっぱり千歳くんってテニス好きなんだなあって、思ったんだ。
そうは続けた。
その顔は同い年の女どもとはちょっと違っていて、遠ざかった大事なものを見るような、優しげだけど諦め混じりの目だった。


「自分、千歳のこと好きなん?」
「―――それ、よく聞かれるなあ」


噂になってるからやろな。とは口にせず、窓をカタカタと音を立てて開いた。
風が入ってきて、俺との髪がなびいた。
脱色している俺の髪と、自然のまま真っ黒なの髪が揺れる。


「男と女が仲良かったらいけない?」
「い、いけなくはないやろ。けど、一緒にいたら付き合ってるのかと思ってまうの、不思議やないやろ」
「そういうんじゃないんだよ。私と千歳くんはそういうんじゃないの」


血迷ったこともあったけど、とは呟いた。
その血迷った、ということは、が千歳を好きになったことがあったということだろうか。それは一方通行だったのか、それとも両想いだったのか。


「ねえ、忍足くん」
「なんや」


がたんと音を立てて、の前の席に腰掛けた。
なんや真剣な視線をこちらに向けてきて、真っ直ぐなそれにちょっとどきっとした。


「たとえば忍足くんに仲がいい女の子がいて、その子が「寂しいから一回だけ抱いて欲しい」って言ったら抱いちゃう?」


は、と声にならない息を吐き出して、真剣な視線のはやはり真剣で、なんと返してええのかわからず、ごくりと唾液を飲み干した。



2011.3.3 三笠